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YELL

VOL.37

私の人生を支えるそろばん

経済産業省入省

森野 智子 さん

筆者:写真右 左は恩師の梶谷成子先生

平成24年4月 広島市立広島商業高等学校入学
平成27年4月 広島大学経済学部入学
平成31年4月 経済産業省入省
全珠連 珠算十段,暗算十段

 はじめに,このような寄稿の機会を頂戴し,私をご紹介いただいた全珠連広島県支部前支部長(現 理事)の岡田富士登先生,お取次ぎいただいた母校広島市立広島商業高等学校(市商高校)の早川雅美先生に御礼申しあげます。

 拙い文章ではございますが,私からのメッセージが珠算教育発展の一助,”YELL”となれば幸いです。

自己紹介

 私がそろばんを始めたのは小学1年生のときです。当時は父の仕事の都合で京都府舞鶴市に住んでおり,波多野文夫先生のもとで3年間習いました。母から習ってみるかと聞かれて,すぐにうんと言ったのを覚えています(たしかそうだったはずです)。はじめて級を取ったときに買ってもらった雲州そろばんは,今でも宝物です。

 その後,父の転勤で小学4年生のときに広島に引っ越し,波多野先生から紹介された梶谷珠算塾に通い始めました。大会や検定でよい成績が取れること,よい成績を取ると中国大会や全国大会にも出場できることがうれしくて,さらにそろばんにのめりこんでいきました。当時,ありがたいことに地元紙に取り上げていただく機会があり,記者の方からの「あなたにとってそろばんとは?」という質問に,小学生の分際で「人生」と答えていました。大げさですね。

 それほど生活とそろばんが密接な関係にあったことや,大会で見る高校生のお兄さん,お姉さんがカッコよく見えたこともあり,塾の先生や先輩も多数通っておられた市商高校でそろばんを続けることにしました(高校生活は後述します)。舞鶴にいた頃,母は私に受験勉強をさせて中高一貫校に入れようとしていたので,そろばんで進路を決めるというのも,何があるかわからないものだなと感じます。

 高校卒業後も地元の大学に進学し,梶谷珠算塾所属として大会に出場させていただきました。塾や高校の後輩の活躍を間近で見られること,とても楽しかったです。大学にはAO入試で進学しましたが,その際には,これまでそろばんをがんばってきたことを存分にPRさせていただきました。商業高校からの入学枠は狭き門でしたが,それまでの努力が認められたものと思っています。

 東京で就職したことを機にそろばんから離れてしまっていますが,今でも,テレビやインターネットでそろばんの話題に触れると,そろばんを習っていた16年間のことが思い出されます。

そろばんを通じて学んだこと,得たもの

 私が16年の珠算人生で学んだこと,得たものを3つ挙げます。

 1つ目は,「継続は力なり」ということです。実は舞鶴にいた頃,私はそろばんを辞めたくて仕方ありませんでした。練習は厳しく,同級生には私よりも上手い子がたくさんいて,このまま続けていてもよいことがあるのだろうか,と思っていました。そんな私ですが,広島に越して最初の県大会で優勝することができ,自分がやってきたことは間違いではなかったのだと気づきました。そこからそろばんにのめりこんだのは前述のとおりですが,そうして続けているうちに,舞鶴にいた同級生より上の段を取り(同級生の動向は波多野先生が送ってくださる塾報で知っていました),いつの間にか追い越していました。諦めずに続けていれば後からでも結果はついてくると感じた出来事でした。

 2つ目は「忍耐力」です。市商高校珠算部での生活は正直に言って厳しいものでした。当時は毎日ほぼ休みなく朝から夕方までそろばんに打ち込む日々で,そろばんの技術はもちろん,精神面も鍛えられました。思い出されるエピソードは,長期休みごとにある合宿で朝から大きな声を出す「挨拶練習」であったり,練習中に答えを間違えて教室のある4階から1階まで走ったりしたことなど,枚挙に暇がありません。今でも時々「森野さんって体育会系ですか?」と聞かれるので(勝手に誉め言葉だと解釈していますが),それは市商高校で学んだ挨拶の大切さや上下関係の重要性が自然と身に付き,今でも言動の端々に表れているからではないかと思います。これらは単に厳しいというだけではなく,そろばんができるのは当たり前のことでなく,先生方や先輩方のご指導があってこそ部活を続けられるので,その感謝の気持ちを態度や結果で示すことが恩返しとなるから求められることだったのだろうと思います。今がんばっている市商高校の後輩たちにも,諦めず部活に取り組んでほしいです。

 3つ目は「仲間の大切さ」です。私がそろばんを続けてこられたのは,ともに切磋琢磨した仲間の存在が非常に大きいと思います。同じ塾や部活の仲間は,「この子に勝ちたい」と思わせてくれるライバルでもあり,団体競技で勝ったときに喜びを分かち合える同志でもあり,また,時に他愛のない話をする友人でもありました。自分ひとりでは,そろばんの上達も継続もできなかったのではないかと思います。今でもたまに会っては近況報告や当時の思い出話に花を咲かせる友人もおり,そろばんがつないでくれた関係はかけがえのないものだと感じます。

 私は現在,経済産業省に勤務しています。頻繁に部署異動があるため,その都度勉強しなければならないことがあり,また関係者との折衝などで説明を尽くさなければならない場面にも数多く直面しますが,そろばんで身に付けた粘り強さで,同僚とともに乗り越えてきました。

 これからも国のため,国民の皆様のために,そろばんで培ったものを活かし,微力ながら公務に邁進できたらと思います。

おわりに

 最後に,この場をお借りして両親と,2025年2月に亡くなられた梶谷成子先生に感謝申しあげます。

 まず,両親。家では怠けてばかりの私でしたが,そろばんだけは16年も続けられたのは,偏に両親の支えがあってこそでした。そろばんを始めるきっかけをくれたことに始まり,日々の送り迎え,遠征の費用負担,私のモチベーション維持等々のサポートを受け,大学卒業まで大会に出続けることができました。私一人では決して続けられなかったと思います。

 そして,梶谷先生。私が通い始めたころから,みんなの「ばあちゃん先生」でしたが,年齢を感じさせないパワフルさで,私たちを時に厳しく,時に優しくご指導くださいました。120歳まで生きると思っていたと皆が口を揃えて言いますが,非常に残念なことに98歳でお亡くなりになりました。舞鶴から来て途中から入塾した私でも温かく見守ってくださったこと,私が市商高校に入ると言ったときにとても喜んでくださったこと,大学に入ってから出場した県大会の種目別読上算で優勝し一緒に写真を撮ったこと,ついこの間のことのように思い出され,感謝してもしきれません。

 最後にお会いしたときに何回も心配された所帯は未だに持てていませんが,きっと今も空から見守ってくださっていると思って,これからも仕事にプライベートにがんばりたいと思います。

 改めまして,今回はこのような寄稿の機会をいただきましてありがとうございました。
 珠算界の益々の御発展を祈念しております。

   
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