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VOL.13

社会人の現役選手が語る、珠算競技の魅力

株式会社デンソー勤務

堀田 紳也 さん

昭和56年 岐阜県各務ヶ原市生まれ
昭和62年 珠算学習を開始
平成18年 名古屋大学大学院 工学部工学研究科卒業
     株式会社デンソー入社
平成24年  DENSO Haryana Private limited 赴任
平成26年  帰任

【全国珠算教育連盟 段位認定試験 珠算十段/暗算十段 取得】
【全日本珠算選手権大会 14回出場】

自己紹介

 はじめまして,愛知県在住の堀田紳也と申します。社会人として仕事をしながら趣味として各地の珠算競技大会に参加している現役選手です。この原稿の趣旨である「そろばんOBからのメッセ ージ」とは外れてしまうかもしれませんが,大人になった今でも珠算を続けられている理由,その魅力についてお伝えしたいと思います。

 小学校1年生のときに静岡県磐田市で珠算を始めました。商業高校の有段者が多く,子供ながらに中学生や高校生になっても珠算を続けるのが当たり前だという意識があったと思います。習い事は珠算に専念していたので多いときには週5回の練習を行い,検定試験に加えて競技大会にも数多く参加させていただきました。県外まで遠征して泊まりで大会に参加することもありました。大会の内容だけでなく,宿泊所の大部屋で教室の同級生と枕投げをしたことなどは今になっても記憶に残っています。

海を越えて~社会人として,珠算選手として~

 私が勤める株式会社デンソーでは主に自動車部品を製造しており,お客様(自動車メーカー)へよい品質の製品をお届けする役割を担っています。近年の国際化に伴い市場は全世界へ広がり,私自身も成長著しいインドへの赴任を命じられました。このとき31歳。社会人としても珠算選手としても一番思い出深い年になりました。

 デリー空港を出たときに私を出迎えてくれたのはカレーのスパイスと砂ぼこりの匂い。それから私の赴任生活が始まりました。当初は生活に慣れるだけでも大変!夏の気温は50度近くまで上がり容赦なく体力を奪います。主食となるカレーは油 っぽくて胃腸のトラブルには常に悩まされていました。インドの公用語は英語とヒンディー語ですが,現地人でも英語が片言の人が多いのが現状です。初対面の人とは「この人は英語がどれだけ話せるのか」を探りながらの会話になります。買い物・外食・家の補修…何をするにも現地人とのコミュニケーションは不可欠で,日本でする倍近くの時間がかかりました。

 仕事面でもカルチャーショックの連続でした。私は品質保証の仕事をしており,お客様との窓口として直接やり取りをする機会もあります。もともと海外向けのお客様対応の仕事をしていましたが,現地に飛び込むとまた勝手が違います。詳細は割愛しますがインドのお客様・会社特有の事情のため,最初のうちは話の内容だけでなく対人での接し方など,理解できないようなことが多々あり苦労しました。

 そんな中でも私の支えとなったのは珠算でした。インドにもそろばんを持っていき,練習を継続しました。無心になってそろばんを弾いていると,今までの記憶が呼び起こされてきます…習い始めのときにうまくそろばんが弾けず泣いていたこと,大会で優勝できたこと,そろばんを通じて全国に友人ができたこと…。環境は大きく変わったけれど,自分のバックボーンには珠算があるということを心の底から感じ,日本にいたときのペ ースを少しずつ取り戻すことができました。

 インドでの生活にある程度余裕ができたときに思ったのは,珠算を続けるうえでの目標がほしいということです。海をまたいで珠算の競技大会に参加したいという思いが強くなりました。運営のご厚意もあり,日本最高レベルの大会である全日本珠算選手権大会にインド所属の選手として参加させていただきました。大会に向けて練習時間は不足していましたが優先順位を決めて普段以上に練習メニューを練りこみ調整しました。デリー空港~成田~会場の京都まで乗り継ぎ含め約12時間。会場に志を同じくする選手が500人以上集ま っているのを見たときには胸が熱くなるものがありました。

 そして大会開始。総合競技の出来は今一つでしたが,種目別競技では7~16桁の読上算を正答させて5位に入賞!インドからの参加選手としては史上初のことと思います。当時は英語とヒンディ ー語に囲まれて生活していたので読み上げられる数字が日本語だというだけで聞きやすかったのかもしれません。現時点では私にとって最初で最後の種目別競技の入賞,それがインド所属の選手として参加したこの年に達成できたというのは非常に思い出深いものがあります。たまにこういう経験があると,現役選手としてがんばろうというエネルギーになります。

私が考える珠算の魅力

 周知のこととは思いますが,珠算学習を通じて圧倒的な計算力・暗算力が身につくのがメリットです。私も学生のときは算数や理科での計算は一瞬で終わらせて考える時間を多く使うことができたと思います。社会人になってからも見積もりの概算やデータ整理での検算など多くの場面で役立 ってきました。しかし,実際のところ珠算・暗算1級を取得すれば日常生活で必要になる桁数・スピードとしては十分だと思います。

 それ以上のレベルを追い求める理由は,珠算競技そのものに魅力を感じているからという他にありません。私が考える珠算競技の魅力,それは「自分で目標設定してそれを達成することで上達し続ける充実感」ではないかと思います。

 これはビジネスの場面でよく使われる「PDCAのサイクルを回す」ということに通じます。それはP:計画⇒D:実行⇒C:チェック⇒A:改善という一連の流れを繰り返すことで仕事の質を継続的に改善していくというものです。参加する大会とそこで達成したい目標を定め,それを実現するための練習計画を作成し練習をする。大会が終わ ってから目標と結果を比較して次の大会に向けての計画を改善する。この流れは珠算を続ける中で無意識に繰り返していることだと思います。

 それに加え,珠算では結果の評価尺度が非常に正確であるのが特徴です。何秒間に何問正解させたか。それが他の選手と比較して多いか少ないか。自分の上達度合いが定量的に把握できるため上達を実感しやすいのが魅力だといえます。

 しばしば「珠算は頭脳のスポーツ」というように比喩されますが,特に陸上競技と通じるものが多いと思います。他人との競争を通じて自分自身の記録の限界に挑むということで共通しており,その行為自体が尊いものです。自動車で速く目的地に着けるようになったからといって陸上競技でマラソンをする人がいなくなるわけではありません。それと同様に,パソコンや電卓が普及したからといって珠算競技がその価値を失うことはないのです。

最後に

 30代半ばを迎え,大会に参加したときに私より年上の選手が非常に少なくなりました。数字の読み取りに必要な瞬間視,字を書く細かい動きや反射神経ではピークを過ぎたかもしれないと感じるときもありますが,技術と経験で補って少しでも若い選手についていきたいと思います。その意欲が衰えない限りまだまだ「そろばんOB」になる日は遠そうですね。

 最後になりましたが全国の珠算関係者のますますのご活躍・ご発展をお祈りしております。私も珠算界を形作る一員として微力ではありますが努力していきたいと思います。

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