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2022/04/20

日本教育新聞社企画対談

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日本教育新聞社企画対談

「数」で社会を見つめ、考える「そろばん社会学」

 

社会の進展をインフラとして支える「数」の価値を見つめなおす

小中学校では新学習指導要領の全面実施により、変化の激しい時代に対応する資質・能力の育成が軌道に乗り始めた。一方、デジタル化や持続可能な開発目標(SDGs)対応は行政や企業のみならず、専門職や教育関係者一人ひとりにも求められており、日本の教育界は今まさに激動の時期を迎えていると言える。そうした時代に「数」はどのような役割を果たしうるのか――。木田 稔 氏(木田会計事務所所長 公認会計士・税理士)と工藤 壽和 氏(公益社団法人 全国珠算教育連盟 理事長)が展望を語った。


工藤 壽和 公益社団法人全国珠算教育連盟理事長


木田 稔 木田会計事務所所長、公認会計士・税理士

「生きた計算力」を身に付ける

多彩な役割を持つ「数」

―お二人は「数」のスペシャリストとして活躍されていらっしゃいます。「数」についての思いや、「数」に関わるようになったきっかけを教えてください。

木田 会計士や税理士が「数」を扱って行う仕事には、社会を発展させたり、その仕組みを支えたりする役割があります。具体的には、企業や団体などの業績や活動の状態を、簿記という仕組みを使って表現し、経営管理に役立てる「管理会計」と、決算報告書を作成し、法令にしたがった報告を行う「財務会計」です。公認会計士は、決算報告書の数字が正しいかどうかを調査して内外に監査報告します。決算報告書は企業の株価や将来性に影響を与えますし、これによって税務申告も行います。まさに経済活動や社会制度に不可欠なインフラとも言えるのではないでしょうか。
会計における「数」の大きな利点は、世界共通のコミュニケーション手段だという点です。例えば、あるものを1つ100円で売ったとします。この場合、帳簿の右側には「売上100円」、左側には「現金100円」と記載します。実は、この方法はアメリカ、イギリス、中国、インド、どこの国でも同じで、複式簿記と呼ばれます。
海外の会計担当者と一緒に仕事をするとき、外国語が上手に話せなくても、ホワイトボードの右側に英語で「Sales(売上)」、左側に「Cash(現金)」と書けば、それで話は通じます。会計の処理方法を世界共通にしていこう、という国際会計基準の適用が進んできましたので、「数」や数を用いた「簿記」はグローバルなコミュニケーション手段と言えますね。

工藤 私がそろばんと初めて出合ったのは、小学3年の夏休みでした。一日中外で遊んだ帰り道、道沿いのそろばん教室から、「願いましては、○円なり、○円なり…」と数を読み上げる先生の大きな声と、「はいっ」「はいっ」「はいっ」と次々に手を挙げる生徒たちの声が聞こえてきました。「これは面白そうだ。この輪の中に入りたい」と習い始めたのがきっかけでした。それ以来60数年、そろばんと共に歩んできました。
指導者になって感じるのは「読み解く力」の重要性です。「85掛ける3は?」と聞くとすぐに答えを出せる子どもが、「85円のボールペンを3本買ったらいくら?」と聞くと答えられない、という場面に出合うことがあります。そんなとき「生きた計算力」を伸ばす必要性を感じます。
電卓やパソコンが普及した今、私たちはそろばんを計算の道具としてだけでなく、「教具」としての面も社会に発信しています。例えば、そろばんに数を表すだけで、数の相対的な大きさ・十進位取り記数法・単位の換算・時間の計算・二進数や五進数などの理解までも深めることができます。
また、珠算式暗算をマスターすると、何も持たずに頭の中だけで計算ができますから、実社会のさまざまな場面でパッと数量を把握して物事を判断することができるようになります。「生きた計算力」が身に付くのがそろばんなのです。

木田 たしかに「数」に関しての感覚は、数字だけを見ていたのでは分からないところがあると思います。
アメリカの大学院で経営管理を学んだときのことです。経営戦略やリーダー論を学ぶとき、もちろん決算書などで数字を扱いますが、会計を用いながら問題解決をするケーススタディーが授業の中心でした。これは数字が表す現象や実態、物事の本質を理解することが必要だということでしょう。大人でも子どもでも、数だけに左右されると偏った判断につながってしまいがちです。その意味で、そろばんは数の裏側にある本質を理解する、数に対する肌感覚を保つために有効なのではないでしょうか。

実務社会の「数」と、そろばん教室の「数」

―木田先生は公認会計士として中小企業等に対する支援のほか、税務、会計診断・分析、起業支援など幅広い領域でご活躍されています。工藤理事長は長年、そろばん教室の現場を見つめ、子どもたちと関わってこられました。お二人が「数」を通して社会や子どもを見てきた中でわかってきたことを教えてください。

木田 数字を基にした定量的な視点と、数字では表せない定性的な視点との整合性が非常に大切だと感じています。
「こうすれば儲かります」「こうすれば節税できます」「こうすれば株式公開ができます」という、定量的な数の話ばかりしていると、結局、解決策が道から外れてしまうことがあります。経営者がどんな夢を持っているか、社会から何を求められているかという定性的な部分とかみ合っていないと、うまくいかないのです。
また、逆も然りです。社会的な使命感や情熱ばかりが先走った、数字の裏付けがない事業はほとんどがうまくいきません。情熱の部分を定性的なものだとすれば、それを支える会計はクールで定量的な役割を果たします。このバランスが取れるようにすることが重要です。「数に溺れてはいけない」と、自分に言い聞かせながら仕事をしています。

工藤 現在はコロナ禍の状況下で、対面で子どもと接することに大きな制限がかかっています。引き続き子どもには数や計算の指導だけでなく、人間形成も合わせた指導もより充実させていけたらと考えています。
個別対応の重要性は今後さらに増していくでしょう。一人の珠算指導者が複数の子どもを教える時と、一対一で教える時とでは教材は異なります。指導者がその都度判断し、子どもに寄り添った指導ができる環境整備が必要だと思います。
ところで、会計の仕事というのは1つの数字、1円でも間違ったら大変なことになると想像しますが、その辺のご苦労はどのように捉えていますか? そろばん教室では、全ての子どもに満点を求めることはできないので、同じ数を扱うのでも違いがあるのかと思います。

木田 会計においては、1つの数字を誤るよりも、先ほど申しあげた「数字に溺れてしまう」パターンに陥り、現実と数との整合性を見誤ることのほうが恐ろしいのです。
例えば「今年は経営が大変だった」「やろうと思っていたことの3分の1しかできなかった」と、経営者は話しているのに、会計では利益がたくさん出ていたら、ちょっとおかしいですよね。そうすると何かが間違っているのではないか、と疑います。そこで数字と現実を突き合わせていくと、会計処理の間違いに気づくことがあるのです。
他方、経営者が決算書を見て自らの誤解に気づく場合もありますし、会計担当者が工場や店舗の現場を見たり、そこで働いている人のお話を聞いたりして、気づくときもあります。現場の実態を見て、実際のことを数字で表現すること、現実と数との整合性が取れるようにすることが、会計における「間違いがない」ことになるのです。

工藤 結果を出すまでのプロセスを重視するのですね。そろばんも、プロセスがわかるという点では共通しています。
そろばんは、すべての位を同じ大きさの玉で表す「半具体物」なので、計算の過程や論理を視覚的に捉えられます。構造は「十進位取り記数法」と同じで、そろばんで数の表し方を知ることにより、位取りの理解を深めることができます。そろばんを経験すると「桁」の感覚が身に付いてくるので、桁数を間違えるといった大きなミスが防げると言われることがあります。

持続可能な社会に向けて「数」をどう生かすか

―近年は持続可能な開発目標(SDGs)が世界的なテーマとして謳われるようになっています。SDGsに対して、私たちは「数」をどのように用い、どのように「数」と関わっていくべきでしょうか。

木田 企業や団体だけでなく、会計事務所や公認会計士団体自身もSDGs達成が求められています。SDGsは社会からの要望であると捉えて、達成を経営課題、戦略目標とする時代になったのです。企業や団体は社会課題を解決する手段を世の中に提供し、その結果、自分たちも発展でき、持続可能になると捉えるべきでしょう。
会計の分野からは「目標4 質の高い教育をみんなに」を達成するために、会計基礎教育の普及が必要だと考えています。会計の意味や基礎的な決算書の見方を知ることで、社会や経済をよりよく理解することができるのではないか、社会人の教養として必要ではないかという意識から、日本公認会計士協会は小中学校への出張授業や教材提供などを行っています。
SDGsの他の目標を語るときにも、お金の話は必ずついてきます。例えば「目標1 貧困をなくそう」では、具体的な目標として「1日1・25ドル未満で生活する、極度の貧困をあらゆる場所で終わらせる」とありますし、「目標8 働きがいも経済成長も」では「後発開発途上国では年率7%のGDP成長率を保つ」などと出てくるわけです。
儲けるという視点からお金を見るのではなく、課題解決や目標達成のためには財政的な裏付けが必要だという役割を理解するために、会計に関する基礎的なリテラシーを高めることは、これからの社会を生きる子どもには不可欠だと考えます。

工藤 当連盟は、定款に「わが国の伝統文化である珠算に関する調査研究とそれに必要な指導・助成を行い、併せて学校における基礎教育及び社会教育に寄与し、もって珠算教育の普及向上並びに社会の発展に寄与することを目的とする」と記されており、SDGsの目標と重複する部分も少なくありません。今後は、ガバナンスをさらに強化し、持続可能な社会の実現に向けて貢献できるように活動したいと切に思います。
SDGsについて初めて知った時、私は「教室で教材用紙を再利用すれば廃棄する紙を削減できるな」と、すぐに思い浮かびました。しかし、考えを深めていくうちに、やはり「目標4 質の高い教育をみんなに」こそ、そろばんが最も貢献できるSDGsだとの結論に至りました。「誰一人取り残さない」というSDGsの原則は、珠算教育のこれまでの歩みや指導法と重なる部分が大きいからです。
珠算の級位は15級から1級、段位は準初段から十段までと幅広く、年齢や性別、学歴や国籍にかかわらず一人ひとりが自分に合った目標を立てることができます。また、そろばん教室では段階を踏んだスモールステップで教え、学習者は自分に合ったペースで学べます。掛け算であれば、九九をマスターしていれば難しさを感じずにどんどん計算していけるのです。
子どもはさまざまなパターンの問題に触れ、繰り返し解きながら、掛け算を習得していきます。因みに主な学習内容は、加減算(足し算・引き算)、乗除算(掛け算・割り算)、小数や正と負の数の計算、最大公約数・最小公倍数・平方根・三乗根を求める計算など、幅広く学習者の能力に合わせた教材を提供しながら指導しています。
そろばんに向き不向きはなく、誰もが学習を続けられる、持続可能性の高い習い事なのです。

木田 日々の練習や競技大会を通じて、集中力や達成感など人間そのものの力も高める効果がそろばんにはあると思います。

工藤 そうなのです。ただ、学校の先生方の中には指導が難しいと感じている方もおられます。珠算三団体(全国珠算学校連盟・全国珠算教育連盟・日本珠算連盟)で構成する全国珠算教育団体連合会では、全国の小学校を対象に珠算授業のボランティア講師派遣を手掛けています。これまでは年間3300校ほど派遣してきました。
しかし、現在は新型コロナウイルス感染予防の観点から、対面での授業が困難です。そこで連合会では、そろばんの基本的な計算方法や、大きな数や小数をわかりやすく解説した動画教材「たのしいそろばん」を、小学校3・4年生向けに作成しホームページで無償公開しています。ぜひ「算数科のそろばん学習」で活用いただければと思います。

木田 刑務所や矯正施設等に対しても講師派遣を行っているそうですね。そろばんを学ぶことは、単に計算力が向上するだけのことではないと思います。更生に向けて非常に大切な活動ですね。そろばんも会計教育も、最初の入り口は「教育」ですが、数の認識が深まればSDGsのその他の目標達成にも貢献できると確信しました。

「数」で社会を見つめ、考えるために何をすべきか

―「数」を多方面から見ると、目的はいずれも「社会貢献」につながっているように思われます。最後にそれぞれの立場から、全国の教員に向けたメッセージをお願いします。

木田 まず、このコロナ禍において、教育関係者の皆さまが細心の注意を払いながら、懸命に子どもたちと向き合っておられる、その情熱に対して敬意を表したいと思います。
今後、社会がより発展していくために、一人ひとりの能力をより高めなければいけない時代が到来しています。その時に必要な思考力や判断力、表現力のスキルを磨くために「数」の本質を捉え、理解を深めることが求められています。会計リテラシーがあれば、進学したい大学の経営状況を把握することもできますし、就職活動でも企業の業績を見る目を養えます。
知れば知るほど世の中の見方が広がるものとして、会計や数を捉えていただけたらと思います。私自身も、「数」を扱うプロとして、今後も喫緊の課題となっている気候変動やさまざまな社会課題への対応、デジタル化などの社会の進展にむけて、財政的、会計的な面で裏から支える仕事に取り組んでいきたいと思います。

工藤 ご存知のように、現在、小学校第3・4学年の算数科において「そろばん」が学ばれています。大きな数・小数のしくみや計算の仕方を学ぶことにより、さらに理解を深めることが可能です。そろばんは児童にとって古いものではありません。他学年でも活用が可能です。
ぜひ教材研究として、先生方に「そろばん」を題材に取り組んでいただくことが、教具としてのよさを知ることにつながると考えます。そろばん以外の場面においても、日本の伝統文化を重んじたそろばんを活用してのオリジナリティーに富む授業は、世界に誇れるものだと自負しております。
そして、教育は人と人とのつながりに集約されます。知識や技能の習得だけでなく、人間形成も含めた子どもの未来を託されている点においては、教員も珠算指導者も同じだと思います。
そろばん教室も、このコロナ禍にあって子どもの心安らぐ場所、「心のあんしん教室」でありたいと願っています。私たち珠算指導者も「教える・育てる」でなく、先達からの「教わり・育ち」、その経験を次世代に引き継いでいく意識で、子どもが安心して学習できる環境が戻ってくることを学校の先生方と一緒に待ちたいと思います。明るい未来が見える社会の実現を目指して――。

―本日はありがとうございました。

日本教育新聞(3月14日号)に掲載

 

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